AIサイエンティスト(AI自動研究)は、2026年10月時点で「機械学習のように計算機の中で実験が閉じる分野なら、仮説から論文の初稿と模擬査読までを自動で回せる」段階にあります。費用は開発元の公称で、v1が論文1本あたり15ドル未満(arXiv:2408.06292)、v2が実験工程の1実行あたり15〜20ドル(Claude 3.5 Sonnet使用時)と執筆約5ドル(例示コマンドの既定モデル使用時)に、アイデア生成の数ドルが加わる水準です(GitHub SakanaAI/AI-Scientist-v2)。v1は1本あたり、v2は工程ごと・1実行あたりの値で、失敗した試行やGPU代、人の確認の手間は含みません。単純には比較できません。一方で、問いの良し悪しの判断、結果の検証、そして責任は人間に残っています。物理実験も、装置の一部を自動化した例はあるものの、試料の出し入れや測定は人が担っています。Sakana AIが公表している人間の査読通過例は、ICLR 2025のワークショップ論文1本で、本会議ではありません(Sakana AI 2025-03-13)。2026年10月13日には後継の「The Agentic Scientist(AI-Scientist-v3)」が公開され、人と共同で書いた論文がALIFE 2026に採択されたと報告しています(arXiv:2610.18933)。
研究の現場で先に変わったのは、投稿の量です。arXivは2026年10月1日から、投稿者1人あたりの新規投稿を暦月2本までに制限しました。したがって、どの立場でも当面の答えは同じ方向を向きます。自動化される段階は道具として使い、AI利用を開示する。未公開データは送り先の規約で選ぶ。評価の軸は本数から検証可能性へ移す。
この記事でわかること
- AIサイエンティストの3系統(Sakana AI v1〜v3、Google Co-Scientist、ロボット科学者)で、何が自動化され何が人に残っているか
- 「AIが書いた論文が査読を通った」の正しい範囲(人の選別・会議名・スコア・撤回・Nature掲載の中身)と、その論文で実際に何がわかったか
- arXivが入れた月2本の投稿上限と、その根拠になった投稿数の推移
- 学生・研究者・企業・国のそれぞれが今日からすべきこと、してはいけないこと
- OpenAI・Anthropic・Googleの、APIに送ったデータの学習利用と保持期間の公式記載
定義: AIサイエンティスト(AI自動研究)とは AIが研究のサイクル(問いと仮説の設定、文献調査、実験の実装と実行、結果の解釈、論文執筆、査読)のどこまでを、人の介入なしにこなすかを指す言葉です。Ross D. Kingのサーベイは、仮説形成から実験、解釈、信念の更新までを行う機械と定義しています(arXiv:2608.14407, 2026-08-14)。確認日は2026-10-24です。 職種としての「AIサイエンティスト(AIを研究・開発する人)」とは別の意味です。
1. 一次資料の対応表
本記事は手元で何かを動かした記録ではありません。Sakana AIの「AI Scientist-v2」はLinuxとNVIDIA GPU(CUDA)を前提にしており、運営者のDGX Spark(aarch64)で動くかは確認していません。代わりに、主張ごとの一次資料を示します。
| 主張 | 一次資料 | 種別 | 確認日 |
|---|---|---|---|
| v1は1本15ドル未満で論文を生成 | arXiv:2408.06292 | 論文 | 2026-10-24 |
| v2の動作要件・ライセンス・費用 | GitHub SakanaAI/AI-Scientist-v2 | GitHub | 2026-10-24 |
| v3(The Agentic Scientist)の公開日・ALIFE 2026採択・ライセンス | arXiv:2610.18933、Sakana AI 公式ページ、GitHub SakanaAI/AI-Scientist-v3 | 論文・公式・GitHub | 2026-10-24 |
| ワークショップで3本中1本が査読通過、平均6.33、取り下げ | Sakana AI公式ブログ(2025-03-13) | 公式ブログ | 2026-10-24 |
| Nature掲載、自動査読の精度、公式が認める課題 | Nature『Towards end-to-end automation of AI research』(2026-03-25掲載)、Sakana AI公式ブログ(2026-03-26) | 論文・公式ブログ | 2026-10-24 |
| AI co-scientistの構成と検証事例(2025年版) | Google Research blog(2025-02-19) | 公式ブログ | 2026-10-24 |
| Co-Scientistの2026年拡張(実験・原稿生成・装置連携) | arXiv:2608.26701 | 論文 | 2026-10-24 |
| ロボット科学者Adam/Eveの系譜、課題は統合 | arXiv:2608.14407 | 論文 | 2026-10-24 |
| arXivの月2本上限、投稿数の推移 | arXiv blog(2026-10-01)、arXiv moderation | 公式 | 2026-10-24 |
| 研究での生成AI利用の欧州指針 | 欧州委員会 Living guidelines 第4版(2026-10)、公表ページ(2026-10-16) | 公文書 | 2026-10-24 |
| NeurIPS 2026のAI支援査読実験の条件 | neurips.cc | 公式 | 2026-10-24 |
Nature論文本体(s41586-026-10265-5)は掲載日が2026年3月25日、Sakana AIの発表は翌3月26日です。以下でNature掲載に触れる箇所は、論文本文とSakana AIの発表の両方を参照しています。GitHubのREADMEは内容が変わるため、記載は2026年10月24日時点のものです。
2. AI自動研究の現在地: 3系統で何が自動化されたか
「AIサイエンティスト」と呼ばれるものは、出自の違う3系統に分けて見ると整理しやすくなります(この3分類は運営者の整理です)。LLMで機械学習の研究を回すSakana AI系、仮説を出して人の実験を手伝うところから始まったGoogle系、物理の実験室を自動で回すロボット科学者系です。まず2025年までの到達点を表にし、次に2026年の更新を加えます。
| 段階(2025年までの公表分) | Sakana AI『The AI Scientist』v1 / v2 | Google『AI co-scientist』(2025年2月発表) | ロボット科学者(Adam/Eve → 自動実験室) |
|---|---|---|---|
| 問い・仮説の生成 | LLMが生成 | 6種の専門エージェントが生成・自己批評・トーナメント形式で順位付け | 仮説形成と実験の反復(Adam) |
| 文献調査 | 新規性の確認に使う | Web検索や専門モデルで根拠を補強 | 記載なし |
| 実験の実装・実行 | 計算機の中(機械学習の実験)。LLMが書いたコードを実行。v2は実験マネージャーエージェントが導く木探索で実験を段階的に広げる | 検証は共同研究者が実施(例: AMLの細胞株実験) | 物理の実験室で自動実行 |
| 論文執筆 | 自動 | 研究概要と実験プロトコルまで | 記載なし |
| 査読 | 自動査読。v2の1本は人間の初回査読で採択水準の評価 | Meta-reviewエージェントが内部で批評 | 記載なし |
| 費用の公式表記 | v1は1本15ドル未満。v2は実験工程1実行15〜20ドル+執筆約5ドル | 記載なし(2025年発表時は研究機関向けTrusted Tester Program) | 記載なし |
| 人に残る仕事 | テーマと投稿稿の選択、結果の検証、責任 | 研究目標の設定、物理実験、フィードバック | 統合の設計(Kingの主張) |
各セルの根拠は次のとおりです。
- Sakana AI v1: 論文『The AI Scientist: Towards Fully Automated Open-Ended Scientific Discovery』(Chris Luら6名)は、アイデア生成から実験、論文執筆、自動査読までを1本15ドル未満で行うと要旨に書いています(arXiv:2408.06292 v1, 2024-08-12)。
- Sakana AI v2: READMEは「Linux with NVIDIA GPUs using CUDA and PyTorch」を前提にし、インストール例はPython 3.11です。FAQの費用は、アイデア生成が数ドル、実験工程がClaude 3.5 Sonnet使用時に1実行15〜20ドル、執筆が約5ドルです(GitHub README, 2026-10-24確認)。
- Google AI co-scientist: Gemini 2.0上で、Supervisorエージェントが目標を分解します。Generation・Reflection・Ranking・Evolution・Proximity・Meta-reviewの6エージェントが仮説を練ります。急性骨髄性白血病の薬剤再利用候補などを、共同研究者が実験で検証しました(Google Research blog, 2025-02-19)。
- ロボット科学者: King は、Adamを仮説形成と物理実験の反復で新しい発見をした最初の機械、Eveを現代の自動実験室の構造を確立した機械と位置づけます。そのうえで、中心課題は個々の作業の自動化ではなく「The problem is integration.」(統合)だと主張します(arXiv:2608.14407)。
v2を手元で試す人に向けて、READMEの注意を2点挙げます。いずれもv2の資料で、後述のv3には当てはまりません。
- READMEは「This codebase will execute Large Language Model (LLM)-written code.」と書き、Dockerなどのサンドボックス内での実行を求めています。
- ライセンスは「AI Scientist Source Code License」です。生成物を使った論文では、AIの利用を明確かつ目立つ形で開示する義務があります。
2026年の更新: Sakana AI v3とGoogleの拡張研究
2026年10月13日、Sakana AIは後継の『The Agentic Scientist: Orchestrating Coding Agents for Automated Scientific (Co-)Discovery』(AI-Scientist-v3)を公開しました(arXiv:2610.18933)。要旨は、共同研究の道具としても、端から端までの自律的な研究にも使える「自律度の幅」を持つ設計だと説明しています。開発版を使って人と共同で書いた論文1本が、外部の査読を経てALIFE 2026の口頭発表に採択されたと公式ページは報告しています(pub.sakana.ai)。公式ページによれば、この共同研究では人間の研究者が結果を見て有望な方向を選び、追加の検証を指示し、投稿前に実装・結果・参照を独立に確認して、根拠を超えた主張を修正しています。v2のときの「人が編集していないAI生成原稿を査読に出した」実験とは、人の関与の深さが異なります。GitHubのリポジトリ(SakanaAI/AI-Scientist-v3)はApache-2.0ライセンスで、GPU不要のCPUだけで動く例題(circpack)が用意されています。v2の独自ライセンスやGPU前提は、v3には当てはまりません。
Google側にも更新があります。2026年8月27日の論文『Accelerating Scientific Research with Gemini in the Real-World』(Google DeepMind・Google Research、Duke・Columbiaとの共著)は、Co-Scientistを仮説生成に加えて実験と原稿生成まで拡張し、実世界で検証したと報告しています(arXiv:2608.26701)。材料科学の例では、半自動の化学蒸着(CVD)装置と連携し、MXeneの前駆体経路の設計を回しています。ただし論文自身が、試料の投入・取り出しは人が行い、別の研究では成長サイクルの実行や測定も人の作業だと書いています。「物理実験はすべて人間」でも「物理実験まで全自動」でもなく、工程ごとに自律度が違う、というのが2026年の現在地です。この拡張は研究論文の報告で、一般向けサービスが同じ機能に更新されたという意味ではありません。
できること・できないことの境目
Sakana AIは、Nature掲載(2026-03-25)の発表で、v2までの課題を3つ挙げています(sakana.ai, 2026-03-26)。v3でどこまで改善したかは、本稿では評価していません。
- 独創性に乏しい、または練られていないアイデアを出すことがある
- 深い厳密さの追求や、複雑なコードの実装に苦労することがある
- 不正確な引用や図表の重複といったハルシネーションが生じることがある
評価の物差しもまだ定まっていません。2026年9月の『EurekaBench』は、6分野26タスクでエージェントの科学的発見能力を測りました。GPT 6 Astraの予測精度は47.4%で、人間基準の48.8%に迫ります。一方、科学的洞察スコアは29.4%で、人間の69.7%を大きく下回りました(arXiv:2610.00492)。人間基準は既存研究の到達点で、同じ時間で競った直接対決ではありません。洞察スコアはモデルで差が大きく、同じ表で最も高いClaude Fable 5.1は42.4%でした。
同じ時期のGoogle Cloud AI Researchの『ScientistTwo』は、107課題中86課題で人間のSOTAを改善したと報告しています(arXiv:2609.19644)。ただし、論文の評価に使ったのは自動AI査読エージェントで、人間の会議査読で採択されたという意味ではありません。何を測ったかで結論が変わる段階にある、と読むのが妥当です。
3. 「AIが書いた論文が査読を通った」の正しい範囲
査読を通ったのは、ICLR 2025のワークショップ「ICBINB(I Can’t Believe It’s Not Better)」に投稿された1本です。「完全自動」の範囲には注意が要ります。v2論文の§4.2によると、AIが出した約40件のアイデアから人が3件を選び、アイデアごとに複数生成された完成稿から人が1本ずつ投稿稿を選びました(arXiv:2504.08066 §4.2)。コードと本文そのものは人が編集していませんが、テーマと投稿稿の選択には人が関わっています。したがって「3本中1本」は、全生成試行の成功率ではありません。Sakana AIの公式ブログ(2025-03-13)によると、経緯は次のとおりです(sakana.ai)。
| 項目 | 公式の記載 |
|---|---|
| 投稿先 | ICLR 2025のワークショップ(本会議ではない) |
| 投稿本数 | AI生成論文3本(ワークショップ全体の投稿43本のうち3本。アイデアと投稿稿は人が選択) |
| 結果 | 1本が初回査読でスコア6・7・6、平均6.33と、採択水準を上回る評価を得た |
| 事前の合意 | ICLR主催者とワークショップ側が協力し、ブリティッシュコロンビア大学のIRB承認を取得 |
| 査読者への通知 | AI生成論文が含まれる可能性は知らされたが、どれかは知らされない |
| その後 | 採択されても公開前に取り下げる前提で、初回査読後に撤回。最終の採択を決めるメタレビューは行われていない |
公式ブログ自身が範囲を限定しています。ワークショップの採択率は60〜70%程度で、本会議の20〜30%より高いと書いています。また、3本とも社内レビューではICLR本会議の基準に届かないと判断した、とも書いています。メタレビューを経ていないため、平均6.33でも不採択になった可能性は残る、という付記もあります。
採択水準の1本で、何がわかったのか
平均6.33を得た原稿の題は『Compositional Regularization: Unexpected Obstacles in Enhancing Neural Network Generalization』です。ニューラルネットの汎化を良くするはずの正則化が、期待どおりに効かなかったという負の結果の報告で、投稿先のICBINBはそうした結果から理解を深めることを掲げるワークショップです(sakana.ai)。
Sakana AIが公開した社内レビュー(AI SCIENTIST TEAM REVIEW)には、具体的な問題が書かれています。チームが加算・乗算、数字0〜9、訓練1,000例・テスト200例の条件でデータ生成を10回確かめたところ、平均で約57%のテスト例が訓練例と重なっていました(公開レビューPDF)。練習問題と試験問題が重なれば、初めての問題に通用する能力を測れているかは疑わしくなります。この57%は特定条件での追加確認の値で、全実験に当てはまる漏洩率ではなく、運営者が再現したものでもありません。それでも、「検証可能性が大切」という抽象論が、誰が何を確かめるのかという具体的な話になります。
Nature掲載(2026-03-25。Sakana AIの発表は3月26日)は、このワークショップ論文そのものが載ったのではありません。『Towards end-to-end automation of AI research』という題で、The AI Scientistという仕組みとその知見をまとめた論文です(Nature)。自動査読のバランス精度は、OpenReviewの人間の判定に対して、基盤モデルの学習カットオフ前のデータで69%、カットオフ後の1年では66%に下がったと本文に書かれています。人間の判定との一致を特定条件で測った値で、万能な査読精度ではありません。基盤モデルの能力が上がると論文の質も上がる傾向を「科学のスケーリング則」と呼んでいますが、これも開発元による測定です。
4. arXivで起きていること
arXivは2026年10月1日、投稿レートの制限を改定しました(arXiv blog, 2026-10-01)。モデレーションの方針ページには、次の文言があります(info.arxiv.org)。
Each author may submit up to two new submissions per calendar month with a limit of three active submissions.
| 項目 | 内容(arXiv公式) |
|---|---|
| 上限 | 新規投稿は暦月2本まで(今回新設)。同時に処理中の投稿は3本まで(2024年からの既存制限) |
| 対象 | 全カテゴリ合算。投稿操作をした本人が対象で、共著者の枠は消費しない |
| 数えるもの | 却下された投稿も数える。公開前に本人が削除したものは数えない |
| 改訂版 | 第5版を超える改訂(v6以降)は週1回まで(別ルール。“After version 5”) |
| 開始日 | 2026年10月1日 |
arXivのブログによると、9月の投稿数は2016年が9,869本、2024年が20,569本、2026年が過去最多の40,363本でした。2年でほぼ倍増し、cs.AIでは6倍以上に増えています。2026年9月にはサポートチケットが約9,000件に達しました。
理由としては、ボランティアのモデレーターの時間を公平に配ることを挙げています。さらに、内容の薄い論文、1つの研究を細切れにした論文、AIで書かれた密度の高い論文の増加を挙げています。ブログには「AI tools are making it easy for authors to flood arXiv and other repositories with these low-value papers.」とあります。
注意点が1つあります。この投稿数はあくまで総数で、AIが書いた論文の本数を数えたものではありません。
AIの利用自体は禁止されていません。方針ページは、分野の方法論の基準に沿った重要な生成AIの利用を報告対象に含めています(軽微な校正まで一律に求めるものではありません)。そのうえで、誤った参照(incorrect references)を含め、内容の全責任は著者にあると定めています。生成AIを著者に挙げることも認めていません。
幻覚引用への対応は、今回のレート制限のブログでは触れられていません。2026年5月13日、arXivのCS部門責任者Thomas Dietterich氏は、論文に「LLM slop」の明白な証拠がある場合の罰則を表明しました(本人のBluesky投稿)。著者がLLM出力を読んでいないと判断し、1年間の投稿禁止を科します。その後の投稿には、査読付きの場での採択を先に求めます。報道はX上の投稿も伝えています。本稿執筆時点で、arXivの公式方針ページにこの罰則の掲載は確認できていません。AI利用そのものを禁じる趣旨ではありません。この件と、arXiv・bioRxiv・SSRN・PubMed Centralの4基盤で2025年の幻覚引用を146,932件と推計した分析(arXiv:2605.07723)は、arXivが「AI丸投げ論文」を1年BANで整理しています。
5. なぜ今なのか: 事実と運営者の仮説を分ける
運営者は2つの仮説を立てました。「コードを書かなくなって生産性が急に上がった」と「調査精度が上がり、新規性のある研究が容易になった」です。一次資料で裏付けられる範囲を分けます。
| 主張 | 裏付け | 判定 |
|---|---|---|
| 原稿の生成費用が低いという報告がある | v1は1本15ドル未満、v2は実験工程1実行15〜20ドル(開発元の公称。失敗した試行・GPU・人の確認は含まない) | 事実(公称値)。研究の総費用が下がった証拠ではない |
| 投稿が急増した | arXivの9月投稿数が2年でほぼ倍、cs.AIは6倍以上 | 事実 |
| 急増の一因がAIツール | arXivが公式ブログでそう述べている | arXivの見解として事実。寄与の大きさは未計測 |
| コードを書かなくなり生産性が急に上がった | 本記事の範囲では、研究者の生産性を測った公式統計や査読付き論文を確認していない | 運営者の仮説 |
| 新規性のある研究が容易になった | Sakana自身が独創性の乏しさを課題に挙げ、EurekaBenchではGPT 6 Astraの洞察スコアが人間基準の半分以下 | 仮説。この比較だけでは、AI導入前後の研究の容易さは判断できない |
確認できるのは「原稿の生成費用が低いという開発元の報告」と「投稿総数の増加」までです。条件を揃えた前後比較ではないので、研究の総費用が下がったとは言えません。新規性の高い問いを立てる部分が安くなったことを示す一次資料も見つかりませんでした。生産性の仮説を検証するには、論文数や採択率だけでなく、人員・研究費・分野・実働時間を揃えた比較が要ります。
モデルとそれを回す仕組みの違いは、Claude Codeとはで説明しています。AI Scientistも、モデルを実験と執筆のループで回すハーネスです。基盤モデルの性能に直接左右される点は、Sakana AI自身も認めています。
6. 学生と研究者はどうするか
| 立場 | 今日からすべきこと | してはいけないこと | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 学生(修士・博士) | 実装・文献整理・初稿はAIを道具に使い、問いの設定・実験設計・検証に時間を振る。AI利用を所属と投稿先の規則に沿って開示する | AIが書いた本文や引用を検証せずに出す。大学ごとの学位論文規則に反する使い方 | 欧州Living guidelines、arXiv moderation、NeurIPSのLLM方針 |
| 研究者 | 自動化しやすい段階(定型の実験・サーベイ)と、しにくい段階(新しい問い・独自データ・結果の検証)を分け、後者に強みを置く。査読でAI生成論文の増加に備える | 会議が承認していない環境で査読原稿や提出コードをLLMに入力する。引用の確認を省く | NeurIPS 2025 LLM方針・2026 AI支援査読実験、欧州Living guidelines |
学生: 「人手では太刀打ちできない」のか
本数で比べる土俵には立たないほうがよい、というのが運営者の見立てです。arXivの月2本制限は投稿窓口の負荷対策であり、研究評価の制度が変わったわけではありません。ただし、投稿の量を増やすことが制度の側から歓迎されない方向にあることは、制限の理由から読み取れます。
欧州委員会の指針は、文献調査や研究ギャップの特定、仮説の立案にAIを使うことを「substantial use」としています。この場合は開示を求めています(Living guidelines 第4版, 2026-10-16公表)。開示が不利になるという意味ではありません。AIを使ったかどうかにかかわらず、問いの意味、実験条件、結果を支える根拠を自分で説明できることが求められます。既存研究の再現や条件を変えた追試をAIに手伝わせ、その結果を自分で点検する作業から始める方法もあります(これは運営者の提案で、効果を比較実験で確かめたものではありません)。
学生が時間を振る先は次の3つです。
- その分野で何が未解決かを自分の言葉で書ける問いを立てる
- 自分で条件を統制して取ったデータを持つ(独自データ・実験装置・現場)
- AIが出した結果を再現・反証する手順を書ける
研究者: コモディティ化は進むか
計算機の中で結果を繰り返し確かめられる課題では、研究工程を自動化する例が増えています。ScientistTwoは複数の指標やデータセットを使い、107課題中86課題で既存手法を改善したと報告しました。ただし、これだけで研究者の仕事がどれほど代替されたかは判断できません。
一方で、物理実験の多くと統合は人に残っています。Kingのサーベイは中心課題を統合とし、Google AI co-scientistの2025年版では検証の実験を共同研究者が行いました。2026年の拡張研究でも、装置と連携しつつ試料の出し入れや測定は人の作業です。洞察を測るEurekaBenchの結果も、人間との差が大きいままです。
査読者としての備えは具体的です。NeurIPS 2025のLLM方針は、査読者に「Do not talk about or share submissions with anyone or any LLMs.」と求めています。提出コードをLLMに渡すことも禁止です(neurips.cc)。
2026年には条件を管理した実験も始まっています。NeurIPS 2026のAI支援査読実験は、著者が参加を選び、査読者が志願した論文に限って、OpenReviewに組み込んだゼロデータ保持のLLMを使うものです。公式ページは、この実験以外のLLM利用は査読過程で認めず、研究倫理の規則違反になると書いています(neurips.cc)。2025年の「禁止」が2026年に「条件付きの実験」へ進んだわけで、禁止の一般則として覚えるより、引き受けた会議・トラックの最新規則と承認された環境に従う、と理解するのが正確です。
欧州の指針も、査読や研究費の審査で判断そのものをAIに委ねないこと、未公開の原稿を安全でないAIツールに入れないことを求めています。
7. 企業はどうするか
導入の判断軸
自動研究の仕組みを導入するかは、次の4つで判断できます。
- 実験が計算機の中で閉じるか: Sakana AI系が動くのはこの条件の領域です。物理実験が要るなら、仮説の提案までをAIに任せるか、Googleの2026年の研究のように装置の一部と連携させて人が試料と測定を担う形になります
- 探索に使う指標と独立した最終検証を用意できるか: 自動探索は与えた指標に合わせて最適化します。探索に使わなかったデータや、人が別に確認する手順を最後に置けるかで、結果を信頼できる度合いが決まります(運営者の導入提案)
- LLMが書いたコードを隔離できるか: v2のREADMEはサンドボックスでの実行を求めています。社内ネットワークから切り離した実行環境を用意できるかを確認します
- データを外に出せるか: 次の節の表で判断します
知財: クラウドLLMにデータを送ってよいか
OpenAI・Anthropicの商用APIとGemini APIの有料サービスは、原則として入力を学習に使わないと書いています。無償のGemini APIは例外です。分かれるのは、不正利用監視のためのログ保持期間、履歴やファイルの保存、ゼロデータ保持(ZDR)の適用条件です。
| 提供者・サービス | 入力を学習に使う既定 | 不正利用監視のための保持 | 履歴・ファイル等の保存 | ゼロデータ保持(ZDR)の条件 | 出典(確認日 2026-10-24) |
|---|---|---|---|---|---|
| OpenAI API | 使わない(2023-03-01以降。明示的なオプトインを除く) | 監視ログは最大30日 | Files・Assistants・Vector Stores・Conversationsは削除するまで保存。ZDR有効でも、ZDR非対応の機能は状態を保存しうる | OpenAIの事前承認と追加要件の受諾が必要。有効化するとstoreは常にfalse扱い | OpenAI docs: Your data |
| Anthropic API | 使わない。フィードバック送信等は除く | 入出力は受信・生成から30日以内に削除 | Files APIなど利用者が管理する長期保存は例外 | 別途のZDR契約が必要 | Anthropic privacy(商用)、API and data retention |
| Claude Free / Pro / Max(個人) | 利用者が設定で選ぶ | 違反フラグが付くと入出力を最長2年保持 | 学習を許可すると非識別化して最長5年。会話を削除すると30日以内にバックエンドから削除(全履歴が30日で消える意味ではない) | 記載なし | Anthropic privacy(個人) |
| Gemini API 有料 | 使わない(プロンプトも回答も製品改善に使わない) | プロンプト・文脈情報・出力を55日保持 | Google検索グラウンディングを使うと30日保存され、無効化できない | 保証されたZDRが必要ならVertex AIを使うよう案内。Gemini APIにもFile API・キャッシュ等の注意点あり | 利用規約、Usage policies、ZDR |
| Gemini API 無料 | 使う。人間のレビュアーが読む場合がある | 同上 | 同上 | — | 利用規約。規約は「機密情報を送らないこと」と明記 |
有料・無料の区分は、実際の請求額ではなく、課金アカウントに関連付けたプロジェクトかどうかで決まります。消費者向けChatGPTは本稿では確認していないため表から外しました。設定の手順はChatGPT学習させない設定を参照してください。
表から言えることは3つです。
- 未公開の研究データを無料枠のGemini APIに送るのは、規約上避けるべきです
- 消費者向けチャットは、学習設定とフィードバックの扱いが個人の操作に依存します。業務データは商用契約(API・Team・Enterprise)の側で扱います
- 学習に使われない場合でも、不正利用監視のためのログ保持(OpenAIは最大30日、Geminiは55日)は残ります。ZDRは契約名だけで判断せず、使うモデルと機能が対象かを確認します。保持そのものを避けたいなら、データを外に出さない構成にします
ローカルLLMという選択肢
欧州委員会の指針は研究機関に対し、自ら統制できるローカルまたはクラウドの生成AIを、可能で必要な場合は導入するよう勧めています。研究データを、データ保護と研究セキュリティが確保されたツールに入れられるようにするためです(Living guidelines 第4版)。
推論だけでなく、検索・外部API・ツール・ログ送信まで社内で閉じる構成にすれば、入力を外部に送らずに運用できます。たとえばOllamaには、クラウドモデルとWeb検索を無効にしてローカルのみで動かす設定(disable_ollama_cloud)があります(Ollama FAQ)。その代わりに、性能が公開の最上位モデルより落ちる場合があります。運用と更新の手間も自社が負います。何が手元に残り、何に通信が要るかはローカルLLMとはで整理しています。
8. 国と制度: ガイドラインはどこにあるか
| 発行元 | 文書 | 日付 | 要点 |
|---|---|---|---|
| 欧州委員会(ERA Forum) | Living guidelines on the responsible use of generative AI in research 第4版 | 2026年10月16日公表(初版2024年3月、第2版2025年4月、前回改訂2026年5月) | 拘束力なし。責任は研究者に残る、機密は譲れない、透明性と開示。AIエージェントへの委任は責任の委任ではないと明記 |
| arXiv | moderation方針 | 2026-10-01改定 | 月2本上限、生成AI利用の報告、誤った参照も著者責任 |
| NeurIPS | LLM Policy(2025)、AI支援査読実験(2026) | 2025 / 2026 | 2025: 著者は手法上重要なLLM利用を記載。査読者は投稿をLLMに入力しない。2026: 著者・査読者の同意とZDR環境を条件にAI支援査読を実験。実験外のLLM利用は不可 |
| 総務省・経済産業省 | AI事業者ガイドライン 第1.2版 | 2026年3月31日(第1.1版は2025年3月28日) | 事業者向けの横断指針。研究での利用に特化した文書ではない |
| 日本学術会議 | 提言『生成AIを受容・活用する社会の実現に向けて』 | 2025年2月27日 | 社会全体のガバナンスと研究基盤の強化 |
| 文部科学省 | 研究活動での生成AI利用に特化した指針 | 本稿の調査範囲では見当たらなかった | 2023年7月の大学・高専向け周知は教学面が対象。2026年11月30日に研究公正シンポジウム『研究の未来と公正性~生成AI時代の研究公正の課題とは~』が予定(AMED) |
総務省・経済産業省の『AI事業者ガイドライン』は事業者向けの横断指針で、研究利用に特化した文書ではありません。最新は第1.2版(2026年3月31日公表)です(総務省 概要資料)。
欧州の第4版は、研究費の配分機関に向けた勧告も含みます。研究費の審査でAIを使うなら、学術的な価値の判断をAIに委ねないこと、使った場合は審査員が開示できるようにすることを求めています。
国はどう向き合うべきか
一次資料から言えるのは次の2点です。
- 日本には、欧州のLiving guidelinesに当たる「研究での生成AI利用」を横断的に扱う公的指針が、本日の検索では見つかりませんでした(存在しないと断定するものではありません)。現状は大学ごとの方針、出版社・学会・arXivの規則に加え、日本学術振興会(JSPS)が科研費の審査で守秘義務の観点から生成AIの使用を禁じているような資金配分機関の個別ルールが、実質的なルールになっています(JSPS 令和8年度公募資料)。
- arXivが上限を入れた理由は、モデレーションの人手が投稿量に追いつかないことでした。研究評価が本数に寄るほど、この負荷は研究費と審査の側にも広がります。
運営者の提案は、研究費と評価制度に「AI利用の開示」と「検証可能性(コード・データ・ログの公開)」を組み込むことです。欧州の指針は、AIの非決定性を踏まえ、プロンプト・ログ・モデル版などを再現や監査に必要なら残すよう求めています。国の指針を作る際の具体的な出発点になります。
日本で何をすべきかを断定するには、国内の研究費審査で生成AIがどう使われているかの実態調査が必要です。本稿では、利用実態を数量的に示す全国調査を確認できませんでした。
9. よくある質問
「AIサイエンティスト」は職種名ではないのですか
両方の意味で使われます。企業の求人で「AIサイエンティスト」と書かれる場合は、AIを研究・開発する人を指します。本記事の「AIサイエンティスト」は、研究そのものを自動で回すAIシステム(Sakana AIの「The AI Scientist」など)のことです。
Sakana AIのAI Scientistは誰でも使えますか
v2とv3がGitHubで公開されています。v2はLinux・NVIDIA GPU・CUDAの環境とLLMのAPIキーが必要で、独自ライセンスにより生成物を論文に使うときはAI利用の開示義務があります。2026年10月公開のv3はApache-2.0ライセンスで、GPU不要のCPU例題が用意されています。どちらもLLMが書いたコードを実行するので、サンドボックスでの実行が前提です。
AIが書いた論文はarXivに投稿できますか
禁止はされていません。生成AIの利用は報告対象で、誤った参照を含めて内容の責任は著者が負います。AIを著者に挙げることはできません。月2本の上限は人間の投稿者単位でかかります。
Google AI co-scientistは使えますか
Googleの2025年2月の発表時点では、研究機関向けのTrusted Tester Programとして案内しており、料金には触れていません(Google Research blog 2025-02-19)。2026年10月時点の提供状況は本稿では確認していません。2026年8月の拡張(arXiv:2608.26701)は研究論文の報告で、サービスの機能更新ではありません。
10. まとめ
- AIサイエンティストは、計算機の中で閉じる研究なら仮説から初稿と模擬査読まで自動化できます。2026年はSakana AI v3が人との共同研究モードを備え、GoogleのCo-Scientistは実験装置の一部と連携するところまで来ました。人の査読を通った実績は、人が選んで投稿したワークショップ論文3本中の1本が、初回査読で採択水準の評価を得たもので、メタレビュー前に撤回されています
- 学生と研究者は、実装と初稿をAIに任せ、問い・独自データ・検証に時間を移し、AI利用を開示します。査読原稿やコードは、会議の規則と承認された環境に従って扱います(NeurIPS 2025は共有を禁止)
- 企業は実験が計算機内で閉じる領域から始め、探索に使う指標とは独立した最終検証を置きます。未公開データは商用APIの規約(保持は学習・監視ログ・履歴で別)、ZDRの適用条件、またはローカルLLMで扱います
- 国の側では、欧州が第4版の指針まで更新しています。日本には研究利用に特化した公的指針が見当たらず、評価を本数から検証可能性へ移す制度設計が残っています
関連記事
- arXivが「AI丸投げ論文」を1年BAN──14万件の幻覚引用と、創設者自身が測った汚染: 幻覚引用の規模とarXivの処分方針
- 『AIが未解決問題を10個解いた』をLeanで検証する: AIの研究成果を形式検証で確かめる例
- ローカルLLMとは──重み・量子化・実行ソフトで手元推論が成り立つ仕組みと、何が外に出ないか: 未公開データを外に出さない選択肢