何が起きたのか

米司法省(DOJ)が2026年9月1日、ニューヨーク州南部地区連邦地裁(SDNY)に係属する統合訴訟「In re OpenAI, Inc. Copyright Infringement Litigation」(Case No. 1:25-md-03143-SHS-OTW、担当はSidney H. Stein判事、マジストレイトはOna T. Wang判事)に対し、28 U.S.C. §517 に基づく Statement of Interest(利害関係表明書)を提出しました。署名者はStanley E. Woodward Jr. 司法次官(Associate Attorney General)、Brett Shumate 司法次官補(Assistant Attorney General)、Michael Weisbuch シニアカウンセルの3名です(p4sc4l 2026-09)。

主張の核は1文で要約できます。著作物をLLMの学習のために複製する行為は、原則としてフェアユースに当たる。連邦政府がAI学習をめぐって著作権者が起こした一連の訴訟に立場を示したのは、Reutersによれば今回が初めてとみられます(GV Wire(Reuters配信) 2026-09-02)。

先に断っておきます。筆者は今回、提出書面そのもののPDFを入手できていません。CourtListenerの当該ドケットページはHTTP 403を返し、RECAPアーカイブ上でも該当文書番号を特定できませんでした。同じドケット(gov.uscourts.nysd.640396)の別文書(Document 1013、2025年12月29日提出のOpenAIによるZiff Davis答弁書)は取得でき、事件番号・判事の組み合わせが実在することは確認しています。以下、書面の文言に関する記述はすべて報道と第三者分析への帰属です。


§517 が拘束するもの、しないもの

見出しは「政府がOpenAIに味方した」となりますが、法的な効力を見るとかなり地味な話です。

28 U.S.C. §517 は、司法長官が指定する司法省の職員を、合衆国の利益が関わる係属中の訴訟に出向かせて意見を述べさせることを認める規定です。これは当事者としての参加(intervention)ではありません。§517 の意見書は合衆国を当事者にはせず、この書面自体は裁判所に法解釈上の見解を伝えるものにとどまります。訴訟へどこまで関与できるかは、事件ごとの参加態様や裁判所の許可に左右されます。

したがって、この書面が直接に生み出したものは次の2つに尽きます。第一に、Stein判事の手元に行政府の法解釈が1通増えたこと。第二に、その解釈が公開の記録として残り、他の係属中のAI著作権訴訟でも援用可能になったこと。判決を拘束する力はなく、行政規則のような法規範性もありません。

Woodward司法次官はこれを「a historic statement of interest」と呼び、トランプ大統領の立場として「AI dominance is critical to promote national security, prosperity, and economic mobility for all Americans」と述べたと報じられています(GV Wire 2026-09-02)。歴史的かどうかは評価の問題ですが、政策的な位置づけの表明という性格ははっきりしています。

タイミングは無関係ではありません。GV Wireによれば、Stein判事はサマリージャッジメント(略式判決)申立ての期限を今週金曜(2026年9月4日)に設定しています。フェアユースの成否が正面から書面で争われる直前に、行政府の解釈が記録に入った形です。


『取得・学習・出力』を切り離す、という主張の形

技術者にとって読み応えがあるのは、DOJが採ったとされる争点の切り方です。書面を逐条分析した p4sc4l によれば、DOJはAIのライフサイクルを3つの法的に別個の段階に分解しています。

  1. 取得(acquisition): 著作物を入手し保存する行為
  2. 学習(training): モデルパラメータを更新するための計算上の複製
  3. 出力(output): 利用者に返される生成結果

そして政府が主たる主張を置いたのは、2番目だけです。同分析は、書面が学習目的の複製は「generally qualify as fair use」に当たるとしつつ、違法な取得や侵害的な出力は別途責任を問われうると認めている、と説明しています。

この構造を素朴に形式化すると、責任の成否は3つの独立な条件の論理和になります。

$$ L \;=\; L_{\text{取得}} \;\lor\; L_{\text{学習}} \;\lor\; L_{\text{出力}} $$

DOJが「原則としてゼロに近い」と論じたのは $L_{\text{学習}}$ だけであり、$L_{\text{取得}}$ と $L_{\text{出力}}$ は手つかずで残ります。つまり書面の主張を丸ごと受け入れたとしても、海賊版サイトからのバルクダウンロードや、学習データをほぼそのまま吐き出す出力については、原告側の請求は生き残る建て付けになっています。なおこの式は法的責任の要件を数式化したものではなく、リスクを段階ごとに点検するための筆者の整理です。実際には各段階は相互に影響し、責任の成否は権利の種類・取得経路・出力内容・抗弁と準拠法によって個別に判断されます。

「政府がAI企業を全面的に免責した」という読み方が正確でないのは、この点です。切り分けは免責ではなく、争点の局所化です。そして局所化された結果として、残る2つの段階の重要性はむしろ上がります。


第4要素をめぐる本当の争点

米国のフェアユースは 17 U.S.C. §107 の4要素で判断されます。第1要素(利用の目的・性格)、第2要素(著作物の性質)、第3要素(利用された量・実質性)、第4要素(潜在的市場への影響)です。

p4sc4l の分析によれば、書面は第1要素について学習を「extraordinarily transformative」と位置づけ、第3要素については変形的な機能上必要な範囲であれば全部複製も許容されうるとしています(p4sc4l 2026-09)。第2要素(著作物の性質)についての記述は、同分析からは確認できませんでした。Quartz も政府が学習を「extraordinarily transformative」と特徴づけたと報じています(Quartz 2026-09-02)。

最も争いのあるのは第4要素です。同分析は、書面が市場への害を「substitutive competition in protected expression」――保護された表現そのものにおける代替的競争――に限定すべきだと論じ、それより広い「市場希釈(market dilution)」の議論を強く批判している、としています。

第4要素の下で原告が主張しうる害を素朴に分解すると、少なくとも3つの層があります。

$$ H_{4} \;=\; H_{\text{代替}} \;+\; H_{\text{希釈}} \;+\; H_{\text{ライセンス}} $$

$H_{\text{代替}}$ は、出力が元の記事の代わりに読まれることによる直接の売上減。$H_{\text{希釈}}$ は、AI生成物が市場に溢れることで人間の著作物一般の価値が下がること。$H_{\text{ライセンス}}$ は、学習用ライセンス市場が成立しうるのにそれが奪われること。DOJの立場は、カウントしてよいのは第1項の $H_{\text{代替}}$ だけ、というものです。第4要素をどこまで広く取るかは、学習段階のフェアユース判断をほぼ決める論点であり、ここが今回の書面の実質的な提案です。取得段階の適法性が決め手になった Bartz v. Anthropic の15億ドル和解のように、生成AI訴訟の帰趨が第4要素の広狭以外で決まる例もあります(JURIST 2026-07)。なお上記の分解は筆者による整理であり、書面がこの形で三分しているという意味ではありません。

政策論としては、書面は次の2つを持ち出したと報じられています。

Rules of law that make it significantly more difficult to develop a robust AI industry in the United States therefore threaten national security and give a competitive advantage to foreign adversaries who are not so encumbered.

It is not in the public’s interest for the largest technology companies to have an oligopoly on LLM training due to licensing entry barriers that function primarily as large subsidies for old mainstream media companies.

(Nieman Lab 2026-09。同ページも筆者のアクセスに対して403を返したため、引用は検索経由で得た文言です)

後者は興味深い論建てです。ライセンス義務を課すと、支払える巨大企業だけが学習できるようになり、参入障壁が寡占を生む――オープンウェイトや小規模開発者の側からも出てくる議論を、政府が採用しています。逆にNew York Times の広報担当 Graham James 氏は、政権が「trillion-dollar AI companies」の側に立ち、許諾なしの利用を認める提案は「undermine the sustainability of the human-created content that a healthy society depends on」ものだと反論しています(GV Wire、同上)。


日本の30条の4と何が違うか

日本で自社LLMを学習させているエンジニアにとって、この議論は既視感があります。著作権法第30条の4は、著作物に表現された思想・感情を「自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」に、必要と認められる限度で、いずれの方法によるかを問わず利用できると定めており、情報解析はその例示の1つです。現行の30条の4(非享受目的利用の一般規定)は2018年改正で新設されたものですが、情報解析のための権利制限自体は2009年改正の旧47条の7に遡り、2018年改正はこれらを一般規定として整理・統合したものです(文化庁 平成30年改正、文化庁 平成21年改正)。

ただし構造は米国のフェアユースと同じではありません。決定的な違いは3つあります。

第一に、条文型か一般条項型か。 30条の4は「享受目的でないこと」「必要と認められる限度」という要件を満たせば適用される権利制限規定で、4要素の総合衡量を通りません。予測可能性は高い一方、柔軟性は低くなります。

第二に、ただし書き。 30条の4には「当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない」という留保があり、ここが実質的に米国の第4要素と似た役割を果たします。DOJが「代替的競争に限れ」と論じたのと同じ争点が、日本では但し書きの解釈として現れます。

第三に、取得段階の扱い。 30条の4は複製等の利用行為を対象とする規定であって、入手経路の適法性を包括的に免罪するものではありません。DOJの3段階分離が $L_{\text{取得}}$ を残したのと、実務上は同じ帰結になります。

EU側はさらに別の設計です。The Next Web によれば、EUにはフェアユースがなく、2019年の著作権指令 第4条(3) がテキスト・データマイニングのオプトアウト機構を定め、AI法 第53条 が域内でモデルを提供する事業者に対して、学習がどこで行われたかを問わず遵守を求めています。同記事は、ミュンヘンの裁判所がOpenAIに不利な判断を出し控訴中であることにも触れています。域外適用を前提とするEUの枠組みは、DOJの立場と正面から衝突します。


自前でLLMを学習・RAG運用する側の実務

3段階分離の実務的な含意は、はっきりしています。フェアユースの議論がどう決着しても、取得段階の適法性は別論点として残るということです。

学習データを集める側が確認すべきなのは、まず取得経路です。公開ウェブからのクロールなのか、robots.txt や利用規約に反していないか、第三者が再配布したアーカイブやトレント経由の書籍コーパスが混ざっていないか。$L_{\text{取得}}$ はフェアユースの4要素とは独立に立つ以上、ここは学習の変形性で救えません。

出力段階も同様です。書面を逐条分析した p4sc4l によれば、学習データの逐語的な再生産(memorization / regurgitation)は、別途責任を問われうる領域として明示的に残されています(p4sc4l 2026-09)。RAGの場合はさらに直接的で、検索した原文を大きな塊のままコンテキストに入れて要約させれば、それは学習の話ではなく複製と翻案の話になります。$L_{\text{学習}}$ が仮に消えても、RAGパイプラインの引用量とキャッシュ保持は独立に評価対象です。

つまり今回の書面は、AI開発の法的リスクを消したのではなく、リスクの所在を前後の2段階に押し出したと読むのが正確です。


残された不確実性

書面の原文を確認できていません。 前述のとおりCourtListenerのドケットページと Nieman Lab は筆者のアクセスに対して403を返し、RECAPアーカイブでも該当文書番号を特定できませんでした。本記事の引用文・ページ構成・論証の細部はすべて第三者分析(p4sc4l)と報道への帰属であり、原文と突き合わせていません。文書の分量、脚注、引用された判例の正確な範囲は未確認です。

判例の引用範囲が確定していません。 p4sc4l の分析は Google v. Oracle、Authors Guild v. Google、Warhol v. Goldsmith、Kadrey v. Meta、Thomson Reuters v. Ross Intelligence への言及を挙げていますが、Bartz v. Anthropic への言及の有無は同分析からは確認できませんでした。取得段階の違法性が正面から争われた事件がどう扱われているかは、書面の説得力を測る上で重要な点です。

合衆国が支持したのは一般的な法理であり、OpenAIの個別行為ではありません。 GV Wire(Reuters配信)によれば、DOJは「著作権付きテキストでLLMを学習させることが著作権法に違反するという主張を、裁判所が退けることに合衆国は強い関心を有する」と述べ、科学の進歩と国家安全保障の観点からそう判断することが国益にかなうと論じました(GV Wire(Reuters配信) 2026-09-02)。つまり支持されたのはこの一般的な法理であって、OpenAIの主張する事実や個別のデータ取得・生成行為を是認したものではありません。p4sc4l の分析によれば、書面には「米国は原告としても被告としても参加しておらず、OpenAI の申し立てられた行為について責任を負うものではない」旨の法定の留保文言が含まれています(p4sc4l 2026-09)。加えて§517の意見書はそもそも裁判所を拘束しません。

Stein判事がこれをどう扱うかは未知数です。 §517 の意見書は拘束力を持たず、裁判所が採否や重み付けをどう説明するかは略式判決の判断が出るまで分かりません。

提出日と報道日は分けて読む必要があります。 提出は2026年9月1日(火曜の夜)で、主要な報道は翌9月2日付です。GV Wire に載ったのは Reuters 配信の記事であり、両者が異なる提出日を主張しているわけではありません。本記事は提出日を9月1日として扱いました。


まとめ

米司法省が2026年9月1日、SDNYのOpenAI著作権MDL(1:25-md-03143-SHS-OTW)に28 U.S.C. §517 に基づく Statement of Interest を提出し、LLM学習のための複製は原則としてフェアユースに当たると論じました。これは判決でも規則でもなく、当事者でない政府による意見表明です。

書面の設計で重要なのは、AIのライフサイクルを取得・学習・出力の3段階に切り分け、学習段階についてのみフェアユースを主張した点です。違法な取得と侵害的な出力は責任の対象として残されており、免責ではなく争点の局所化にあたります。実質的な提案は第4要素の射程を「保護された表現における代替的競争」に限定することにあり、市場希釈論を否定する立場です。

日本の30条の4は要件充足型の権利制限規定で構造が異なりますが、但し書きの「著作権者の利益を不当に害する」の解釈に同じ争点が現れ、取得段階が別論点として残る点も共通します。自前で学習やRAGを運用する側にとって、この書面が減らしたリスクは3段階のうち1つだけです。


主要出典


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