「賢さのダイヤルは、上げれば上げるほど賢くなる」——推論モデルのeffort(思考量)パラメータを触ったことがあれば、そう考えるのが自然です。ところがClaude Opus 5では、少なくとも一部の評価で、その直感が最上段において崩れます。しかもそれが読み取れるのは、外部の批判者の集計ではなくAnthropic自身が公開したグラフです。

先に結論を書くと、「maxは悪い」ではありません。Anthropic公式発表のFrontier-Bench v0.1グラフではxhigh(約44.4)がmax(約43.3)を上回る一方、同じ発表のCursorBenchではmaxまで伸び続けています。正確には、effortと性能の関係は評価系ごとに異なり、常に単調増加するとは限らないということです。


何が起きたのか

Anthropicは2026年7月24日にClaude Opus 5を公開しました(Anthropic 2026-07-24)。価格は入力5ドル/出力25ドル(100万トークンあたり、Opus 4.8から据え置き)で、Frontier-Bench v0.1で「Opus 4.8の性能を倍以上に、しかも1タスクあたりのコストは下げて」上回ったとされています(Anthropic 2026-07-24)。

この世代の目玉が、思考にどれだけ計算資源を割くかを段階的に選ぶ「effort」ダイヤルです。Anthropic公式のMigration Guideは、Opus 5がフルセットの5段階——low / medium / high / xhigh / max——に対応すると明記しています(Anthropic Migration Guide)。直感的には右端のmaxが一番賢いはずです。ところが同じガイドは、そのmaxについてこう書いています。

最も要求の高いタスクでは伸びを出せるが、トークン使用量の増加に対して逓減(diminishing returns)を示すことがあり、単純なタスクでは過剰思考(overthinking)に陥りやすい。

つまり「effortは上げるほど賢い」という単調増加の前提を、公式ガイド自身が一箇所で否定しているわけです。本記事では、この非単調性がどこまで一次情報で裏づけられるのか、そしてコーディング用途でhigh / xhigh / maxをどう使い分けるべきかを整理します。


公式ガイドは各effortを何と説明しているか

Migration Guideの記述を、値そのままに並べてみます(Anthropic Migration Guide)。

  • max:最も要求の高いタスクで伸びるが、トークン増に対し逓減し、単純なタスクでは過剰思考に陥りやすい。「最大能力がトークン支出より重要な場面でテストせよ」
  • xhigh:デフォルトより深い思考を要する、長時間のエージェント・コーディング作業向けの拡張能力
  • high:デフォルト。多くのタスクでトークン使用量と知能のバランスを取る
  • medium:デフォルトからのコスト削減ステップ。コストとレイテンシの制御として試す価値あり
  • low:最も効率的。短く範囲の限られたタスクやレイテンシ重視の用途に

注目すべきは、highが明示的にデフォルトである点です。Claude APIおよびClaude Code上でOpus 5のデフォルトはhighだとガイドは述べています。そのうえで、コーディングや高自律なエージェント作業にはxhighを、そして「最大能力がトークン支出より重要な場面」に限ってmaxを、という段階づけになっています。

ここで一次情報として重要なのは、公式が明言しているのは「逓減」と「過剰思考」までで、「コーディングのスコアが下がる」とまでは書いていないという区別です。Reddit発の話題では「migration guideがそう言っている」と要約されがちですが、厳密にはガイドの文言は逓減/過剰思考であって、スコア低下そのものはベンチマーク側の観測に依存します。この線引きは以降でも保ちます。


公式グラフで確認できる非単調性

では、スコアは実際に下がるのか。Anthropicの発表ページにはeffort別の結果を示すグラフが掲載されており、そこで確認できます(Anthropic 2026-07-24)。

Frontier-Bench v0.1(Terminal-BenchとHarborのチームが開発した74タスクのベンチマーク)のグラフでは、Opus 5の最良点はxhighの約44.4で、maxは約43.3へわずかに下がります。第三者のベンチマーク解説も同じ値を報告しています(the-decoder 2026-07)。このグラフについてAnthropicは脚注で、mini-SWE-agentハーネスとGKEバックエンドによる内部実行で、各タスク5回の平均報酬だと説明しています。つまりこの数値は第三者集計ではなく、Anthropic自身が公開した評価結果です。

ただし、同じ発表のCursorBenchではmaxまでスコアが伸び続けています。低下が見えるのはFrontier-BenchとArtificial Analysis Coding Agent Indexで、カーブの形は評価系によって違うというのが正確なところです。

数値の差は約44.4と約43.3で1.1ポイント。誤差の範囲とも読めますが、少なくともFrontier-Benchでは「最上段にすれば必ず伸びる」という単調性は成り立っていません。効率の観点ではもっと明快で、Artificial Analysisの集計(AA-Briefcase)ではxhighのコストがFable 5比で約64%(約14.26ドル/タスク)に収まるとされます(Artificial Analysis 2026-07)。

「effortが1段上がると必ずスコアも上がる」という素朴な仮定を式で書くと、effort水準 $e_1 < e_2$ に対して

$$ S(e_1) \le S(e_2) $$

がすべての段で成り立つ、というものです。しかしFrontier-Benchでは

$$ S(\text{xhigh}) \approx 44.4 \;>\; S(\text{max}) \approx 43.3 $$

となり、最上段でこの不等式が反転します。ここで崩れるのは「highより上」全域ではなく、あくまでxhigh→maxという頂上付近、しかもFrontier-Benchなど一部の評価系に限った話である点は正確に押さえておくべきです。high→xhighはコーディング用途でむしろ推奨される方向(上がる側)であり、「highより上ではコーディングスコアが下がる」という技術解説でしばしば見かける要約は、実測に照らすとやや広すぎます(Artificial Analysis 2026-07)。

なお、effort差が能力にどれだけ効くかはベンチマークによって大きく異なります。Artificial Analysisの別指標GDPval-AA v2では、effort水準の違いが407 Eloもの幅を生むと報告されており(Artificial Analysis 2026-07)、「常に頂上が最良」でも「effortはどうでもいい」でもない、タスク依存の設計変数だと分かります。


なぜ最上段で伸び悩むのか──逓減と過剰思考

単調性が崩れる理由を、ガイドの2語——逓減と過剰思考——に沿って考えると腑に落ちます。

逓減(diminishing returns)は、思考トークンを増やしても得られる正答の増分が小さくなっていく現象です。追加トークン $\Delta t$ あたりのスコア改善を $\dfrac{\Delta S}{\Delta t}$ と書くと、effortを上げるほどこの限界改善がゼロに近づく、というのが逓減のイメージです。改善がほぼ頭打ちの領域では、わずかな探索の揺らぎがスコアを押し下げることも起こり得ます。

過剰思考(overthinking)は、単純な問題に対してモデルが必要以上に長い推論を展開し、かえって初期の正しい判断を上書きしてしまう失敗です。コーディングでは、すでに正しく書けた実装をさらに"改善"しようとして壊す、といった形で現れがちです。だからこそガイドはmaxについて「単純なタスクでは過剰思考に陥りやすい」と条件づけているわけです。

ここで実務上重要なのがmax_tokensの設定です。Migration Guideはxhighまたはmaxで走らせるなら、モデルが「考えて動く」余地を確保するため大きなmax_tokensを設定し、64kを起点に調整せよと繰り返し推奨しています(Anthropic Migration Guide)。

client.messages.create(
    model="claude-opus-5",
    max_tokens=64000,
    output_config={"effort": "xhigh"},
    messages=[{"role": "user", "content": "..."}],
)

逆に言えば、maxにしながらmax_tokensを絞ると、思考の途中で出力予算が尽きてタスクが未完に終わるリスクがあります。「最上段にしたのに結果が悪い」ケースの一部は、モデルの限界ではなく予算設定の不整合という可能性も無視できません。

もうひとつの制約として、思考を無効化(thinking: {type: "disabled"})できるのはhigh以下に限られます。xhighやmaxと思考無効の組み合わせは400エラーになる、とガイドは明記しています(Anthropic Migration Guide)。


コーディング用途での実務的な使い分け

ここまでの一次情報を、設定の指針としてまとめます。

まず出発点はhighです。ガイドはOpus 5のデフォルトをhighとし、多くのタスクでバランスが取れるとしています。日常のコード補完・小さな修正・レビューはここで十分に足ります。

深い設計や長時間のエージェント作業にはxhighです。ガイドはxhighを「長時間のエージェント・コーディング作業向けの拡張能力」と位置づけ、Frontier-Benchのピークもxhighにありました。コーディングで能力を優先したいなら、まずmaxではなくxhighを試すのが実測に合った選択です。

maxは「最大能力がトークン支出より重要」で、かつ問題が十分に難しいと分かっている場合の限定運用に向きます。単純なタスクにmaxを常用すると、過剰思考とコスト増の両方を招きやすいからです。効率面ではOpus 5は全effort帯でコスト対効果に優れるとの集計もありますが(Artificial Analysis 2026-07)、「一律に最高へ固定する」運用はガイドの推奨する方向とは逆です。

そして最も重要な原則は、ガイド自身が繰り返す「自分の評価セットでeffortスイープを走らせよ」です。Opus 5ではeffort各段の裏側のトークン配分がOpus 4.8から変わっており、旧世代でチューニングした設定をそのまま持ち越さず、改めて掃引せよとされています(Anthropic Migration Guide)。非単調なダイヤルである以上、最適点は公式値ではなく自分のタスク分布の上でしか決まりません。


残された不確実性

  • Frontier-Benchのxhigh 約44.4 対 max 約43.3は、Anthropic公式発表のグラフから読み取れる値です。ページ本文に数表として掲載されているわけではなく、小数第1位はグラフ上の点と目盛りに基づく読み取り値です(第三者解説も同じ値を報告しています)。1.1ポイント差の統計的有意性や信頼区間は公開されておらず、測定ノイズか再現性のある傾向かは断定できません。
  • この評価はAnthropicの内部実行であり、mini-SWE-agentハーネス、GKEバックエンド、各タスク5回平均、安全性分類器による拒否時のOpus 4.8フォールバックという条件が付きます。他組織の実行結果と単純比較はできません。
  • 非単調性は全評価に共通する性質ではありません。同じ発表のCursorBenchではmaxまで上昇しており、低下が見えるのはFrontier-BenchとArtificial Analysis Coding Agent Indexです。
  • 非単調性が「モデル本来の性質」なのか「ハーネスやプロンプトの制約」なのかは切り分けが難しく、観測はプロンプト設計やmax_tokens設定に影響され得ます。Anthropicも低下の原因が過剰思考だと個別に分析・公表しているわけではありません。
  • 公式ガイドが明言するのは逓減と過剰思考までで、「コーディングのスコアが下がる」とは書いていません。スコア低下はベンチマーク観測であり、両者を混同しないことが重要です。
  • effort差の効き方はベンチマークごとに大きく異なるため(GDPval-AA v2では407 Eloの幅)、Frontier-Benchでの傾向が他の作業へどこまで一般化するかは未確定です。

まとめ

Claude Opus 5のeffortダイヤルは、最上段が常に最良とは限りません。Anthropic公式のMigration Guideはmaxについて逓減と過剰思考を明記し、コーディングにはxhighを、maxは「最大能力がトークン支出より重要な場面」向けとしています。公式発表のFrontier-Benchグラフではxhigh(約44.4)がmax(約43.3)を上回り、単調増加の前提が頂上で崩れます。一方で同じ発表のCursorBenchではmaxまで伸びており、これは全評価に共通する性質ではありません。実務では、highを出発点にコーディングはxhighを軸とし、maxは「難しいと分かっている・コストより能力」の場合に絞る。そしてxhigh/maxではmax_tokensを64k起点に確保し、最後は自分の評価セットでeffortを掃引する——これが一次情報から導ける、いちばん堅実な運用です。


主要出典


訂正(2026-07-26 追記)

公開当初の本稿は、Frontier-Benchのxhigh 44.4 対 max 43.3という数値を「第三者のベンチマーク集計に基づく。effort別の内訳は公式発表には含まれていない」と説明していました。これは誤りで、Anthropicの公式発表ページにはeffort別のグラフ(Frontier-Bench/CursorBench/Artificial Analysis Coding Agent Index)と評価条件の脚注が掲載されています。数値の出所を公式グラフからの読み取り値へ訂正し、評価条件の脚注を追記しました。

あわせて、同じ発表のCursorBenchではmaxまでスコアが伸びており、非単調性が全評価に共通する性質ではない点を追記。Frontier-Bench v0.1を「Terminal-Bench 2.1の後継」としていた記述は、公開情報から確認できるのが「Terminal-BenchとHarborのチームが開発」までのため削除しました。タイトルも、公式ガイドが警告しているのは逓減と過剰思考であってスコア低下ではないことが伝わる表現に改めています。


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