何が起きたのか

2026年8月24日、小米(Xiaomi)が開催した技術説明会「玄戒技术沟通会」で、自社設計チップ3種と、それらを1台に載せたミニPC「小米AI Cube」の工程版(エンジニアリングプロトタイプ)が公開されました。IT之家の報道(IT之家 2026-08-24)は、公式スペックを次のように伝えています。

  • 玄戒O3: 10核全大核CPU、16核G2-Ultra NX GPU、200 TOPSの低消費電力NPU
  • 玄戒O100: 6nm 3D晶圆级堆叠先进封装、28,672根有效数据线、1.22TB/s超高近存计算带宽
  • 玄戒D100: 3nm制程、20核高性能CPU、16核高算力NPU、最高支持160GB内存
  • 筐体: 航天铝一体成型、33,874個のCNC精密镂孔、持続性能解放150W
  • ソフトウェア: 120B/3B大模型の本地部署、快慢系统切换に対応

そして同じ記事は、上市時間と售价について「暂未公布」と明記しています。つまり価格も発売時期も未定のプロトタイプです。

翌25日には続報が出ました。小米集団総裁の卢伟冰と創業者の雷军が披露したのは2台の原型機です。IT之家の続報(IT之家 2026-08-25、IT之家 2026-08-25 雷军投稿)によれば、O3とO100の2チップ構成の高速AIデモ端末「玄戒O100原型機」は、内蔵のXiaomi MiMo端側モデルで実測毎秒295トークンを記録。一方、別筐体のミニPCであるAI Cube「Prototype」は、O3・O100・D100の3チップと80GBの統合メモリを搭載すると説明されました。

英語圏では「1.22 TB/s bandwidth」「up to 160GB unified memory」という2つの数字が並べて紹介され、NVIDIA DGX Spark(GB10)の中国製対抗馬という文脈で受け取られました。ですがこの2つは同じメモリの話ではなく、そもそも160GBはD100というチップ単体の対応上限です。AI Cube実機の搭載量として公表されたのは、上記の80GBです。


見出しの1.22TB/sは、どのメモリの帯域なのか

原文の中国語は「超高近存计算带宽」です。近存=near-memory、つまり演算器のすぐ隣に置かれたメモリとの帯域を指します。この1.22TB/sはO100というAIアクセラレータ単体の内部帯域であり、D100が対応する「最高160GB」のプール全体の帯域ではありません。

O100の実装も、その読み方を裏づけています。O100は6nmでのwafer-on-wafer 3D積層をハイブリッドボンディングで接合したもので、接合ピッチは1.4µm、これによって28,672本の有効データ線と14コアの高帯域NPUを実現した、と報じられています(NYU Shanghai RITS 2026-08-24)。同記事は1.22TB/sを「アクセラレータのダイに直接積層されたメモリで得られるスループット」と説明し、D100が対応する160GBとは別の仕様だと整理しています。ただしこれは80GB公表前の8月24日時点の解釈で、AI Cube実機内で3チップとメモリがどう接続されているかを小米が公表したわけではありません。

小米自身の比較対象も傍証になります。発表では、主流フラッグシップスマートフォンのLPDDR5X帯域76.8GB/sに対して約16倍、という言い方がされました(快科技 2026-08-24)。実際に割ってみると次のとおりで、比較の相手はスマホSoCのメモリ帯域です。

$$\frac{1.22 \times 10^{3}\ \text{GB/s}}{76.8\ \text{GB/s}} \approx 15.9$$

ここで抜け落ちているのが、O100に積層されたメモリの容量です。1.22TB/sで読める領域が何GBあるのかは、発表資料から確認できませんでした。翌25日に公表されたAI Cubeの「80GB統合メモリ」についても、O100の積層メモリがそこに含まれるのか、別空間なのか、共有されるのかという関係自体が示されておらず、80GB全域をどの帯域で読めるのかも分かりません。ローカル推論では「速いメモリが何GBあるか」が実効速度を左右する重要な要素なので、これは帯域の数字と同じくらい重要な欠落です。


28,672本を1本あたりに割ると、設計思想が見える

28,672という数字は、そのままでは大きさの実感が湧きません。帯域を線の本数で割って、1本あたりの転送レートにしてみます。帯域を $B$、有効データ線数を $N$ とすると、1本あたりのビットレート $r$ は次式です。

$$r = \frac{8B}{N} = \frac{8 \times 1.22 \times 10^{12}}{28{,}672} \approx 3.4 \times 10^{8}\ \text{bit/s}$$

およそ340Mbps。ただしこれは、公称帯域を有効データ線の本数で均等割りした平均相当値です。双方向帯域の集計方法、クロック方式、ECC・制御線の扱いといった前提は公表されておらず、各配線の実際の信号速度と断定はできません。参考として、NVIDIA DGX SparkのGB10は128GBのLPDDR5xで273GB/sのピーク帯域を持ちます(NVIDIA DGX Spark 公式仕様)。GB10のメモリインターフェースは公式仕様に256ビットと記載されており、同じ計算をすると1データ線あたり8.5Gbps前後になります。

公称値のうえでは、両者は対照的な方向に見えます。GB10は「狭い線を高速に叩く」方向、O100は「極端に多い本数で束ねる」方向で、均等割りした1本あたりの値には25倍の開きがあります。もっともこれは、チップ内部のウェハ積層配線と外部のLPDDRインターフェースという性質の異なる配線を並べた、概念上の対比にとどまります。広い配線を可能にしているのは、ウェハ同士を1.4µmピッチで直接接合するハイブリッドボンディングです。一般論としてこの種の実装は配線を短くできるぶん本数を稼げますが、O100の消費電力やI/O効率は公表されておらず、150W(AI Cube全体の持続性能解放)との関係を小米が説明したわけでもありません。

また、この種の積層メモリの容量は、ダイ面積やDRAM密度、積層数に左右されます。O100の積層容量は未公表のため、実際にどこまでの容量を確保できているのかは分かりません。


DGX SparkやMac Studioと、比較できる範囲

ローカルLLMの生成速度は、多くの場合メモリ帯域で頭打ちになります。batch 1の自己回帰decodeで、稠密モデルの重みが対象メモリに常駐し、処理が完全にメモリ帯域律速になると仮定すると、1トークン生成あたりに読み出す重みのバイト数を $S$、そのメモリの帯域を $B$ として、生成速度の理想上限は概ね次式で見積もれます。

$$t_{\max} \le \frac{B}{S}$$

重要なのは $B$ が「重みが実際に載っている場所の帯域」だという点です。ここを取り違えると比較が成立しません。

  • DGX Spark(GB10): 128GBのcoherent unified memory。メモリサブシステムの公称ピーク帯域は273GB/s
  • Mac Studio(M3 Ultra): 最大512GBの統合メモリ。公称メモリ帯域はNewsroom発表で「800GB/s超」(Apple Newsroom 2025-03-05)、公式の技術仕様ページでは819GB/s(Apple 技術仕様)
  • 小米AI Cube: 統合メモリは80GB(IT之家 2026-08-25)。O100積層メモリとの包含・共有関係も、80GB全域を読める帯域も未公表

「1.22TB/s > 819GB/s > 273GB/s」と並べたくなりますが、左端だけ分母が違います。120Bクラスの稠密モデルのパラメータを単純に4bit換算すると、生の重みだけで60GB前後になります。ただし実際の量子化形式やKVキャッシュ、ランタイム領域を含めて80GBで動作できるとは限らず、その重みがO100の積層メモリに載るのか、載らない部分をどの帯域で読むのかも公表されていません。仮に重み全量を1.22TB/sで読めるなら$B = 1.22$TB/s、$S = 60$GBで約20トークン毎秒という桁になりますが、これは演算時間や、モデルがMoEか稠密かの違いを無視した理論上限にすぎません。

Notebookcheckは、DGX SparkやASUS Ascent GX10も128GBの統合メモリで最大200Bパラメータのモデルに対応すると並記しています(Notebookcheck 2026-08-24)。容量という軸ではAI Cubeの80GBはこれらの128GBより小さく、帯域という軸では現時点で比較不能、というのが正確な現在地です。


120B/3Bの快慢切替と、330TPSという数字

発表では「120B/3B大模型の本地部署」と「快慢系统切换」が対で語られました。CnEVPostなどの報道は、120Bと3Bという別々の2つのモデルをローカル実行するという事実関係を伝えています(CnEVPost 2026-08-24)。この切替を「小さいモデルを低遅延の経路に、大きいモデルを難しいクエリに」という振り分けだと説明しているのはNYU Shanghai RITSの解釈で(NYU Shanghai RITS 2026-08-24)、小米自身がこの振り分け方を明示した一次資料は確認できていません。また120B側については、モデルの正体もどのような量子化条件で動かしているのかも、今回の発表報道からは確認できません。RITSは「Xiaomi has not disclosed … what quantization the 120B model runs at」と明記しています(NYU Shanghai RITS 2026-08-24)。3B側は複数報道が小米MiMo 3Bだとしていますが、120BがMoEかdenseかを含め、アーキテクチャの詳細は公表資料からは読み取れません。

O100については「端側推理速度最高达330TPS」という数字も出ています(IT之家 2026-08-24)。IT之家の記事はモデル名を挙げていませんが、快科技の記事(新浪科技転載)は「小米MiMo-3B端側モデルを動かす場面で最高330Tokens/s」と報じており(快科技・新浪科技転載 2026-08-24)、これは3B側の数字です。ただし量子化精度、バッチサイズ、コンテキスト長、prefillとdecodeのどちらの速度か、O100単体かO3との協調構成か、といった測定条件はいずれも示されておらず、他機種の生成速度と直接比較できる数字ではありません。なお翌25日に報じられた「実測で毎秒295トークン」は、AI CubeではなくO3とO100の2チップ構成の別デバイス「玄戒O100原型機」での実測値です(IT之家 2026-08-25)。330TPSとの差が、モデル設定・測定方法・ハードウェア構成のどれに起因するのかは公表されていません。

なお、O100とD100は「検証を完了し2027年の商用化を予定」と説明されています(CnEVPost 2026-08-24)。D100は本来スマート運転向けのチップで、AI Cubeはその3チップを1筐体に同居させた「三芯协同计算」のデモンストレーションという位置づけです。


残された不確実性

  • AI Cube単体の公式ページが確認できない: 小米グローバルサイトにAI Cubeの英語プレスリリースや製品ページは見つかりませんでした。8月25日には雷军・卢伟冰の投稿を受けた続報(AI Cubeの80GB統合メモリ、玄戒O100原型機の実測295トークン毎秒)が出ていますが、本稿の数値はいずれもメーカー公称値を各媒体が引用したもので、独立したベンチマークで検証された値ではありません
  • O100の積層メモリ容量が未公表: O100の積層メモリと80GB統合メモリの包含・共有関係も、1.22TB/sで読める容量も分からないため、120Bモデルの実効速度は推定できません
  • 80GB統合メモリ全域の帯域が未公表: 統合メモリの帯域は、DGX SparkやMac Studioと帯域面で直接比較するために必要な数字ですが、それが出ていません。なおD100チップ単体の仕様として「最高160GB対応」がありますが、AI Cube実機の搭載量は80GBです
  • D100のTOPS値・製造委託先が未公表: CnEVPostも、演算性能・製造パートナー・初搭載車種のいずれも未公開だと指摘しています
  • 330TPSの条件が未公表: モデルは快科技の報道(新浪科技転載)でMiMo-3Bとされていますが、量子化・バッチサイズ・コンテキスト長は示されていません。25日の実測295トークン毎秒は別デバイス(玄戒O100原型機)の値で、330TPSとの差の要因も不明です
  • 工程版であること: 展示されたのはプロトタイプで、価格も発売時期も未定です。O100/D100の商用化目標は2027年で、AI Cubeが製品化されるかも明言されていません

まとめ

小米AI Cubeの見出しを飾った1.22TB/sは、O100というアクセラレータのダイに積層されたメモリの近存計算帯域です。AI Cube実機の統合メモリは80GBと公表されましたが、O100の積層メモリとの包含・共有関係も、80GB全域をどの帯域で読めるのかも公表されていません。DGX Sparkの273GB/sやMac Studioの819GB/sと並べて優劣を言えるのは、その数字が出てからです。

一方で、28,672本という異例の広さと1.4µmのハイブリッドボンディングからは、「速度ではなく本数で稼ぐ」方向の設計がうかがえます。1本あたり約340Mbpsという均等割りの値はその傾向を示す目安ですが、実際の信号速度や電力の内訳は公表されていません。O100の積層容量と80GB統合メモリとの関係が、次に出てくるべき数字です。

価格も発売時期も未定、公式の製品ページも未確認、チップの商用化目標は2027年。GB10競合として評価するにはまだ材料が足りませんが、公表された数値そのものは複数の媒体で一致しています。いずれもメーカー公称値だという留保つきで、分母さえ取り違えなければ読める発表でした。


主要出典


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